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名古屋高等裁判所 昭和31年(ラ)26号 決定 1956年9月24日

抗告人 カスミタクシー株式会社 外二名

相手方 株式会社折込広告社

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件申請を棄却する。

手続費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

抗告人三名の代理人は主文第一、二項同趣旨の決定を求め、相手方の代理人は抗告棄却の決定を求めた。

本件抗告の理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

案ずるに、本件記録によれば、相手方を仮処分債権者とし抗告会社及び抗告人藤一の両名を仮処分債務者とする名古屋地方裁判所昭和三十年(ヨ)第四八二号不動産仮処分申請事件において、別紙<省略>目録記載の建物及び土地につき右債権者の主張する建物収去土地明渡請求権の行使を保全するために同裁判所は昭和三十年六月三十日に「別紙目録記載の建物に対する債務者両名の占有を解き債権者の委任する名古屋地方裁判所執行吏をしてこれを保管せしめる。ただし受任執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者両名にその使用を許すことができる。この場合債務者両名は右建物の占有を他人に移転しその他占有名義を変更する等一切の処分をしてはならない。債務者藤一はその所有にかかる右建物につき譲渡、質権抵当権賃借権の設定その他の一切の処分をしてはならない」との仮処分命令をしてその送達をなし、同裁判所執行吏佐藤徳治郎は右債権者の委任により同年七月一日右決定正本に基き、その執行として別紙目録記載の建物に対する右債務者両名の占有を解いてこれを同執行吏の占有保管に移すと共に、右建物の現状を変更しないことを条件として債務者両名にその使用を許可したこと並びに仮処分債権者たる相手方は、抗告会社及び抗告人藤一において右建物の階下に三カ所ほど改造を加えて建物の現状を変更しかつ抗告人弘二夫婦をして二階に居住させ階下炊事場を使用させて建物に対する占有の一部を他に移転し仮処分の趣旨に違反した旨を主張し、これを理由として昭和三十一年三月十三日右裁判所に抗告人三名を右建物から退去させ相手方の委任する名古屋地方裁判所執行吏をして右建物を保管させる旨の決定を求めて本件申請をし、右裁判所が同月二十七日その旨の決定をしたので、抗告人三名はこれに対して本件即時抗告をしたことが明らかである。

次に記録に編綴されている不動産仮処分調書謄本及び各仮処分物件点検調書謄本の各記載と当裁判所の検証の結果並びにその検証現場における抗告人藤一及び相手方の各陳述(いずれも代理人の陳述を含む)とを総合して考察すれば、右建物は名古屋市内の繁華街に存する間口約三間奥行約七間の南向木造瓦葺二階建家屋であつて、階下のうち街路に面する前方(南方)の部分約十四坪は土間となつておりその余の後方(北方)の部分に一間半四方の休憩室及び横一間縦十三尺の炊事場(ガス、水道等の設備がある)のほか押入、浴室、便所、階段等があり、二階には畳敷の和室、押入等があり、抗告会社は抗告人藤一を代表取締役としてタクシー営業を営み前記仮処分の前後を通じて右建物をその大池営業所として使用し、そのうち階下土間をタクシー車庫に、その他の階下の部分及び二階を従業員の執務、休憩、宿直等の場所に供していたが、

(い)  階下土間は従来全部が水平なコンクリート敷であつたけれども水を流して掃除する際などに不便であつたので、抗告人藤一はそれを前方に行くに従つて漸次低く傾斜するコンクリート敷に改造するために、右土間のうち前方約九坪の部分を掘り起して工事を開始しその直後なる昭和三十年七月一日前記のように仮処分の執行を受けたけれども引き続き工事を進行し間もなくこれを完成して右の約九坪の部分を前方に傾斜するコンクリート敷となし、

(ろ)  前記仮処分当時階下休憩室のうち東側一坪半の部分は板縁が張つてあつてその上に畳三枚が敷いてあり、その余の西側の部分はコンクリート敷土間であつたが、その後抗告人藤一はこれを改造して右室のうち北側一坪半の部分に板縁を張つて畳三枚を敷き、その余の南側の部分をコンクリート敷土間とし、

(は)  仮処分当時、階下炊事場はコンクリート敷土間でありしかもその東側隣室なる前記休憩室より右炊事場に出入するように出入口が設けられていたが、その後抗告人藤一はこれを改造して右炊事場に板縁を張り、かつ右の出入口を閉鎖した上新たに前記土間より炊事場に出入するように出入口を作り、

(に)  抗告人藤一の長女恵美が抗告人弘二と結婚したがその新夫婦の住居がなかつたので、抗告人藤一は、右夫婦と協議の上、昭和三十年十二月六日頃より右夫婦をして右建物の二階に居住させ階下炊事場を使用させて来たが(ただし階下等は従来に引き続きタクシー営業所として使用していた)、このように第三者を右家屋に居住させることは仮処分の趣旨に違反するものであることを知つたので同年七月上旬頃右夫婦を他に移転させたため今日においては本件建物には右夫婦は居住せずその家財道具類も存在しない。

ことを認めるに足り、前掲各証拠のうち右認定に反する部分は信用することができない。

建物収去土地明渡の請求権を保全する為に仮処分申請が為された場合、相手方に現状不変更を条件として使用を許す趣旨の仮処分は相手方の生活に多大の影響を加へることなく而かも仮処分申請人をも保護し得る点から比較的簡易な疏明方法の取調に依つて仮処分が発せられる場合が多いのであるが、之に反し相手方を建物より退去せしめて其の占有を完全に奪う趣旨の仮処分は最も慎重な取調を経て顕著な必要性が認められない限り容易に発しないのが実務上の取扱である。斯様に両者の間に実務上の取扱に重大な差異のあるのは前者に於ては相手方に対し建物の継続使用を許す点にあるのであつて、右は理論的には仮処分の附随的一条項の様な観を呈するかも知れないが実務的に考えれば此の種仮処分の基本的特質を為すものと謂うことが出来る。

従つて仮処分の相手方が建物使用中現状を変更したからと云つて其の変更の実質的意義仮処分の目的に対する支障の程度を深く考えることなく只だ現状不変更の条件違反の一点をとらえて直ちに相手方を建物より退去せしめるならば「使用を許す」との前記仮処分の主要な条項が無視せられることになるであろう。「現状不変更」も無視出来ないが「使用許可」も亦容易に無視すべきに非ざることが此の種の仮処分の実務上の取扱に鑑みれば容易に首肯出来るであろう。

従つて仮処分執行中に相手方が現状を変更した場合には其の変更が本案判決の執行即ち建物収去の実行を困難ならしめるや否やを考えねばならない。若し(一)現状の変更が建物の収去を困難ならしめる程度でなければ強いて原状に復旧する必要なく只だ将来に向つて注意するか其の他適当な方法に依り再び条件違反を繰返させない様にすれば足るであろう。(二)現状の変更が之を放置することに依り将来本案の執行を困難ならしめる種類のものであるならば執行吏は申請人の申立に依り執行裁判所の裁判を得て変更の全部又は一部を原状に復旧すると共に相手方に対しては厳重なる注意を与え其の他の手段を以て将来再び現状変更を為さざる様努力すべきであろう。各種の手段方法を講じ努力したにも拘らず之を無視して再び現状を変更する行為があつたと云う様に将来に向つて現状変更を防止する有効なる手段なしと認むべき事由ある場合に始めて建物の全部又は一部の必要最小限の部分より相手方の退去を命ずべきものである。蓋し仮処分は之れを発する場合に於て申請人と相手方と双方の利益を考量し両者の保護に注意すべきであると仝様に其の執行の場合に当りても亦両者の保護を考ふべきであるが、相手方の不誠意に依り本案の執行を保全しようとする仮処分の本質的目的が無視せらるる場合には当初の仮処分の趣旨内容に重大な変更を加えて執行せらるるも止むを得ないからである。

之を本件に付いて考察するに前記(い)(ろ)(は)の変更は孰れも前段説示の(一)の種類の現状変更に属し本案の執行たる建物の収去を困難ならしめる場合に属せず従つて原状に復旧する処置を要すべき場合に該当せず、又(に)の同居者を居住せしめた建物一部の占有移転(広義の現状変更に包含せらる)は仮処分の相手方たる抗告人に於て其の非を知り自発的に居住者を退去せしめた結果復旧せられたこと前認定の通りであり、従つて前段説明の場合即ち相手方をして現状不変更の条件を守らしめる為退去以外に適切な手段なしと認められる事由ある場合に該当すると謂うには未だ疏明十分ならずと云う他はない。

上来説示の通りであるから、原決定は未だ其の時機に非ず今暫く仮処分の相手方の態度を見、現状変更の行為あるや否やを考察するも仮処分申立人に本案の執行を困難ならしめ重大な損害を与える虞れ毫もなしと認め、原決定を失当として取消し主文の通り決定した次第である。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

抗告理由書

原決定の前提となつている本件仮処分命令は、建物収去土地明渡請求権の執行を保全するためになされたものであつて、建物そのものの明渡請求権を被保全請求権とするものではない。抗告人藤一及び抗告会社は仮処分命令の執行後仮処分建物の一部について現状を変更したけれどもその変更は極めて僅少な部分についての一時的手入にすぎず容易に原状に回復することができるものであり建物の同一性を失わしめるものではない。また抗告人弘二は、昭和三十年十一月頃抗告人藤一の長女と結婚したけれども居住すべき家屋がなくて困つていたので、抗告人藤一は右夫婦をその一時的な仮住居として本件家屋に同居させたのであり、同夫婦の同居は抗告人藤一の家族の同居と同視すべきものである。抗告人藤一の指示により何時でも容易に右夫婦を退去させることができる。したがつて抗告人藤一等の叙上の行為をもつて本件仮処分の被保全権利の強制的実現を困難にする程度のものであるということはできない。

しかのみならず、本件建物の敷地となつている土地は相手方の所有土地ではあるけれども葛山一夫において相手方より貸借し、さらに抗告人藤一において相手方の承諾を得て右一夫より転借したものである。抗告人藤一は右土地上に本件建物を所有し、同抗告人が代表取締役をしている抗告会社の大池営業所として約二年前より引き続き右建物を抗告会社に使用させて来たのである。建物収去土地明渡請求の本案訴訟は目下裁判所に係属中であるが、もし本件において抗告人等が右建物よりの退去を命ぜられるにおいては抗告人等は本案訴訟において敗訴したのと同じ結果となつて回復し難い損害を蒙ることとなる。

以上の次第であつて、原決定は違法不当である。

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